気候変動イニシアティブ(JCI)は、2019年2月12日、シンポジウム「日本の気候変動対策を世界の最前線へ」を開催しました。

このイベントでは、Mission2020議長で前UNFCCC事務局長のクリスティアナ・フィゲレス氏をお招きし、「パリ協定がもとめる脱炭素革命と日本への期待」と題したスピーチをいただきました。スピーチでは、会場に多く集まる日本の非国家アクターや政府関係者に向け、今後のグローバル社会において脱炭素化が避けられないものであることを示す5つのポイントについて、説得力のある、そして改めて気候変動への危機感を認識させられるメッセージが届けられました。

この度、Mission2020事務局のご協力で、フィゲレス氏のスピーチ内容を文章でいただくことができました。下記にその日本語訳を掲載します。
フィゲレス氏からの、日本への期待が込められた力強いスピーチを、ぜひご一読ください。


クリスティアナ・フィゲレス

気候変動イニシアティブ主催イベントでのスピーチ(2019年2月12日)

 

この度、私は京都に行って参りました。京都議定書がなければ、パリ協定の合意成立もありませんでしたので、そのお礼をお伝えするためです。言わば、京都議定書は根、パリ協定は葉または花です。 世界は日本のリーダーシップを求めています。 世界経済の脱炭素化の動きは、止めることはできません。その勢いは、指数関数的なものです。

[脱炭素化が必須の責務であることを示す5つの根拠]
ここに、脱炭素化が必須の責務であることを示す5つの大きな根拠について、ご説明します。

第1に、道徳上の責務です。もしも私たちが世界の気温上昇を1.5℃に抑えることができず2度上昇させてしまうと、その2度の気温上昇のために、水不足や飢餓のせいで死の危機に脅かされる人の数は2倍から3倍に増えてしまいます。また、住まいを離れなければならなくなる人の数も2倍から3倍に増加すると予想されています。そこでは生き残ることができない、または極端な異常気象によって追い払われてしまうことが理由です。そのような人々には、他の国へ移住しなければならないという大きな圧力がかかることにもなります。

そして、そのような移住を強いられる人はほとんどがアジアに住んでいます。私たちは、道徳的な責務として、この事実を理解しておかなければなりません。日本を含む全ての参加国が2015年にパリ協定を採択したとき、私たちにはそのような科学的確証がありませんでした。しかし、今では確実に起こる未来になっています。私たちは今、世界経済の進路を変えて、もはや2℃ではなく1.5℃に向かわなければなりません。なぜなら、道徳的な責務が、この星の責任ある大人ならば直ちに正しい方向に向かって進むこと、また今日の私たちの決断が子々孫々の世代に深刻な経済的影響や、生存を危機に陥れるような事態を惹き起こさないようにすることを、私たちに確実に実行するように迫っているからです。日本の立場も、その例外ではありません。

すでに昨年はこれ以上の自然災害の発生を待つまでもない状況でしたので、日本でも、洪水によって200人以上の人が命を失い、また1,500人以上の人が猛暑のために命を落とした事実を思い出してもらう必要はありませんね。私たちが今どこに向かってしまっているかを示す、ひとつの例です。皆さんは、2020年開催予定の東京オリンピックでは、早朝から競技を開始しなければならない状況にあることをご存知でしょう。ここ東京では、猛暑を避けるために、競歩は午前5時、マラソンは午前6時に開始する必要に迫られています。道徳的な責務について、十分にお伝えできたと思います。今日または明日の災害に向かわないようにすることは、私たちの道徳的責任です。そして、私たち全員が、責任ある人間、また大人としてそのことを理解していると、私は思っています。

2つ目の根拠は、(そしてこれらすべて互いに強め合っているのですが、)技術的なトレンドから導かれる責務です。今日、地球規模で考えた場合、電力系統に流されている電力の25%は、すでに再生可能エネルギーです。昨年においては、新しく電力系統に接続された発電容量の2/3は、再生可能エネルギーでした。化石燃料由来の電力は、世界中で1/3にすぎませんでした。米国でさえ、米国特許庁が受けている開発中の技術の特許出願数は、再生可能エネルギー関連の技術革新に関するものが化石燃料関連のものに比べて、ここ数年一貫して10倍ほどの数になっています。エネルギー分野における技術的なトレンドは、議論の余地なく再生可能エネルギーに向かっていて、もはや化石燃料に向かうものではなくなっているのです。化石燃料に対しては、先進工業国が現在享受している発展を私たちに与えてくれたことを感謝しなければなりません。私は62歳になります。私のような年配者は、皆感謝されながらも引退していくものなのです。化石燃料についても同じことが言えるのではないでしょうか。

世界経済の脱炭素化に向けた動きを強めている3つ目の根拠は、石炭はもちろん、石油やガスにも含まれている高い割合の炭素がもたらす金融リスクへの認識が高まっているということです。 この金融リスクについての認識は、金融リスク開示のタスクフォースが大きな助けとなり、ここ5年から7年の間に急激に高まっています。このタスクフォースでは、企業や金融機関は、自らの資産や製品が晒されている財務上のリスクを自ら評価するように求められています。金融リスク、特に石炭に対するリスク認識が高まった結果として、今後石炭に資金を供給しないという決断を現実に行った、あらゆる種類の金融機関のリストがあります。それは今や、3ページもの長さになっています。

4つ目の根拠は、私自身は、社会的認可における責務と呼んでいます。何のことかと言うと、農村部で、そして間違いなく都市部で今起きている、自分の健康にはもう妥協したくない人々による運動のことです。この人たちは皆、きれいな空気を吸いたいのです。皆さんは、中国でのデモやインドにおける大気の状況について報告を読んだことがあると思います。人々が汚染された空気を嫌うのは当たり前です。統計的には、デリーに生まれ居住してきた人は、世界の他の都市に生まれた人よりも6年間も短命です。これでは公平ではありません。その原因は、大気汚染なのです。

電力を得るために石炭を燃焼させれば、地球の大気における二酸化炭素の増加をもたらすばかりでなく、生み出された粒子状物質がその地域の大気汚染を惹き起こすことになります。さらに、輸送用に液体化石燃料を燃焼させることも、粒子状物質による地域の大気汚染の原因となって、空気の質を損なう結果となります。こうして、すべての化石燃料は、それを利用するだけの社会的認可を与えるに値しないもの、とますます強く考えられるようになっています。石炭火力発電所には、閉鎖を促す大きな圧力がかかっています。自動車は、電気自動車に置き換えられていくでしょう。

5つ目の、そして最後の根拠は、世代間の正義・公平における責務です。 もしも私たちが、過去2年間、あるいは過去150年間に行ってきたのと同じように地球規模で温室効果ガスを増やし続けるならば、世界の気温上昇は、1.5℃はおろか、気温上昇の上限である2℃をはるかに越えてしまうでしょう。それは、将来の世代が、先の生活がどうなるか全く予測できないほど、非常に不安定な世界に住まなければならないということを意味します。私たちは、保険業界が体系的に保険をかけることができないような世界に向かっていくでしょう。というのも、保険会社が事業を行える程度を越えてしまうまで破壊が進行してしまう、それほど深刻なリスクが私たちに降りかかるということです。率直に言って、私たちには他に選択肢は無いのです。

もはや「このようにやっていきたいが、ほかにもやりようがあるのではないか?」という状況ではありません。選択肢は無いのです。 脱炭素化が必須の責務であることを示す、これら5つの根拠を熟考してください。これらはどのように重なり合っているでしょうか。互いに強め合っています。そして、これらの脱炭素化の責務が私たちにもたらすものは、単にリスクの軽減ばかりではなく、さらなるチャンスです。なぜならば、脱炭素化が実現し始めると、すでにこの方向に歩みを始めている個人や企業が語っていることですが、チャンスが開けてくるのです。 炭素を制約することは、実際には創意工夫の契機となります。 このことは、すべての会社、すべての都市、すべての国に当てはまります。 私達が向かうべき方向は、ここにあるのです。

では、それは日本にとっては、何を意味するのでしょうか? 私の見識は狭いかもしれませんが、日本には2つの選択肢があり、同時にその2つしかないと考えています。そのひとつめは、世界をリードするということです。日本には、世界をリードしていくのに必要なもの、天然資源、有能な人材、技術力、資金力のすべてがあります。日本は、よりチャンスにあふれ、安定した世界の実現に向けて、積極的に世界をリードすべきです。ふたつめは、ただ単に取り残されて、前世紀の技術に支配される存在になることです。しかしながら、すでにお伝えしましたように、前世紀の技術は早々に引退すべきか、博物館に収蔵されるべきなのです。

日本は、どちらの方向に進んでいくおつもりでしょうか。世界をリードしていくのか、あるいは取り残されるのか。率直に申し上げて、世界における脱炭素化の進展のスピードを考えますと、日本がこの2つの未来の姿の中間を進んでいくことは考えられません。それほど早く脱炭素化の動きは、世界の多くの分野で、指数関数的な速度で起こっているのです。それは、すべての分野ではないかもしれませんが、多くの分野で、そして日本が関係する分野で、間違いなく指数関数的な勢いで進んでいるのです。